かてなちお ― 「まもる」をテーマに生活情報から防犯情報まで紹介します。

Top > 名車から見える、次世代の足音・・前編

皆様、ご機嫌如何ですか?閂屋の北野邦彦です。私は、先週末、愛知県長久手にある「トヨタ博物館」に行ってきました。私は自動車愛好家でして以前、WOWWOWで放映された「日本名車伝説 美しき日本の車たち」という番組に感化されたのがきっかけです。WOWWOWの伝説シリーズは良作でして「東京ディスコ伝説/日本サーフィン伝説」どちらも、当時の雰囲気を正確に反映した、作り手の造詣の深さが窺える作品でした。

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日本の自動車製造創成期の知らない車も多々ありまして、一度、見学したかったのです。この博物館は、もちろん自動車メーカーであるトヨタが運営しており、1989年(平成元年)4月にオープン。本館の展示では、ガソリン自動車が誕生した19世紀末から20世紀の自動車の歴史を実用車を中心に、約120台(2階欧米車、3階日本車)の車両により、体系的に展示しています。一見の価値は十分あります。

日本のみならず、世界各国で””そのものが変化を迎えようとしています。ハイブリット、EV車(電気自動車)を初めとする電気とモーターを動力とした二酸化炭素(CO2)排出の少ない、もしくはない「エコ・カー」の登場です。特にEV車は今秋から三菱自動車が「Iミーブ」という完全電気自動車を発売を発表し、話題を呼んでいます。少し前まで夢であった電気自動車が、かなり、手近になってきています。時代の変化ですね~

そこで、今回のかてなちおは「エコ・カー減税」と税制面でも優遇されるハイブリット車、EV車。両車の比較と、車の誕生から今日までを閲覧出来るトヨタ博物館から感じたものを、かてなちお風に語ってみたいと思います。生活を守るという観点からは、違うように感じられる方も多々いらっしゃるかと思われますが、自動車産業は、物凄い影響を社会全体に及ぼしているのです。ちょっと、実験してみますか(笑)

総務省統計局ホームページhttp://www.stat.go.jp/をクリックして下さい。
統計データ」のタグをクリック。「分野別一覧」のコマンドをクリック。「産業関連表」下の方に項目があります。これをクリック。「産業関連表の仕組み」の項目をクリック。ページ、最下部の「経済波及効果を計算してみましょう」をクリック。するとエクセルのシートが登場します。ここからが”ミソ”なんです(笑)

項目16の「輸送機器」に1000と数字が入っているかと思います。単位は100万ですからこの場合、10億円の経済波及効果があった場合となります。すると日本の産業全体に28152、つまり二千八十億ちょっとの効果があるという試算がでます。例えば、プリウスが10万台売れたとなると、多少なりとも我々の生活に直接、影響を及ぼすのが、分かります。皆様が従事されている業種に数字を打ち込んでみるのも、一興かと思います(笑)

輸出大国である日本の生命線の姿が浮き彫りになり、こういった産業の業績は我々の生活を守る、維持するのに多大な影響があるのです。ですから「車嫌い」なんて言わないで下さいね(笑)では、車の温故知新を尋ねて、様々、目に付いた事、これからの方向性について語っていたいと思います。

■3階 日本車

草分け期はノックダウン生産車がほとんどです。「フェイトン」という名前からして破綻している(笑)軍用車などは、欧米車に負けない威圧感と豪華さを誇っていました。トヨタ、日産が”日本車”を造って頑張っているという創成期ですね。戦後からは、一転、良くも悪くも相当”個性的”な車が登場します。

共に1955年登場の「フライングフェザー/フジキャビン5A型」は衝撃です。

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私、車には相当詳しい自信があったのですが、これにはタマゲました!名車伝説で初めて観たのですが、あったのですね~こんな非凡な車が日本に!共に日本のレオナルド・ダ・ビンチと呼ばれる「富谷龍一」氏の設計による車で、当時の事情から徹底的な合理化に基づき、作られた車です。しかし、フェザーが200台、キャビンはわずか85台と、セールスとしては完全に失敗に終わったようです。

その他1960年に向けて「スバル360」を筆頭に現、スズキ製作の「ズズライトSL型」「マツダR360クーペ/トヨタパブリカ」となんとも愛嬌があり、よく設計された車が登場します。素直に感じたのは、現代の技術で復刻させたら相当売れるのではないか?という事です。とにかく、デザインが素晴らしい!なんで今、こういったデザインが出来ないのか?逆に、不思議に思ったくらいです。特にスズライトなどは次期「ラパン」としてまんま、発売したら女性層をかなり取り込めのでは?と、思えました。

マツダR360クーペは4枚ドアに替えて「デミオ」にすれば、とも。当時のマツダ車はテール、つまり”お尻”のデザインが独特で特徴があるんです。後に登場する「マツダ・コスモ」もこのデザインを踏襲しており、非常に魅力的かつ、個性的と、どの時代にも求められる車像があるように思えます。勿論、トヨタも「トヨタS800」と、日本史上最も、絢爛豪華な「トヨタ2000GT」につながるデザインがあります。

他にも日産「フェアレデイ/シルビア」。いすず「117クーペ」と、私の大好きな車も展示されています。戦後間もなく登場した、あまりに個性的な車は、受け入れられず、と、いうより理解されなかったのでしょう。車自体が相当な贅沢品でしたから。ゆえに、より分かり易くするため、欧米車を模倣しつつ、若干、日本車としてのデザインを出すといった”流れ”が80年代まで続いたと、感じました。

その後、日本は「バブル期」を迎えます。各メーカーに余力が出来たせいでしょう、雑多といえる車が登場します。良くも悪くも方向感のない、バブル期のみに通用したデザインの車の登場です。実際、2000年期から車の方向性、デザインはガラッと変わりますから。私が20代の頃、腕を磨くと語り3ドアハッチのホットな車か、贅沢に出来た、クーペを買うかのどちらかでした。

2000年前後からでしょうかね、若者が最初に買う車が”ワゴン”になったのは。荷物と人を沢山乗せれるからと、この人は運送屋か?と思った程です。考え方が随分、変わったのですね(苦笑)世の景気が大きく影響しています。

世界の販売実績を見ても、燃費に優れ、故障の少ない日本車が受け入れられています。しかし、デザインという”個性”はほとんど感じられません。もし、50年代からの流れで、今日までデザインが継続していたら?おそらく、実用性だけでない受け入れが、世界でなされていたでしょう。90年代で一度、切れたデザイン
を今日も、再構築している、そんな風に受け取れました。ですから、そう、悲観はしていません。最近はかなり、改善されてきる印象です。もっとも、ごく、一部ですが(笑)

次回は、本家本元、欧米車の流れと、感じた印象について語ってみたいと思います。「継続は力」といいますが、分断しない歴史、流れを感じましたね。写真を掲載出来なかった車も多々、ありますので詳しくはトヨタ博物館のホームページをご覧下さい。
http://www.toyota.co.jp/Museum/index-j.html

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