かてなちお ― 「まもる」をテーマに生活情報から防犯情報まで紹介します。

Top > 感情は「爆発」させてはいけない??

皆様、ご機嫌如何ですか?閂屋の北野邦彦です。桜も咲き、すっかり春めいた雰囲気になってきましたね?桜を眺められる季節。妙に、安心するというか、落ち着くというか、日本人は桜に、特別な感情を抱くという、自分のDNAを意識してしまいますね(笑)春ゆえの、新たらしい事柄も、多々、始まり独特の季節感ですね。

春のロードショーとして、いくつか大作も公開されています。色々ありますが「三国志」最大の山場を描いた「レットクリフ」前後編となっており、後編が公開されます。前作は劇場で観ました。監督の「ジョン・ウー」は大変好きな監督で、独自の世界観というか、映像美に拘った、方でそこは、素直に素晴らしいのですが、映画的には辛く、35点くらいでした(苦笑)

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映画そのものというより、三国志という題材ですね。大抵の男性は青年までに、一度は触れる事になる作品です。作品としての魅力、登場人物の魅力、歴史的事件の数々と、様々ありますが、なんといっても「面白」という醍醐味ではないでしょうか?で、なければざっと1800年間も楽しまれる事もなかったでしょう。

泣いて馬謖を切る/臥龍鳳雛/危急存亡の秋/苦肉の計」と皆様がたまに、耳にされる諺だと思います。これら、全て三国時代に起こった事柄なんです。なんでも、中国、つまり東アジアといっても差し支えないでしょうが、こうした諺の実に3割は、三国時代の出来事に由来しています。因みに「春秋戦国時代」は8割近くに及ぶそうですが。こうした事から、如何に後世に影響を与えた時代であったか、想像出来ます。

作品の中心的人物「曹操」は、良くも悪くも他人が真似の出来ない行動によって、天下を握りかけ、そしてとり逃した人物で、実質的な三国志最大の英雄と言えると思えます。その場凌ぎとなりがちな、国家経営、戦場にあって「後方」を常に、省み、国を安定させるため「食」に心を砕き、この時代にあって「怪力乱心」を一切、信用せず理性によった政治を心がた、英雄の気質十分な人です。

時に、人間たった「一度の失敗」が大きく影響し、大魚を取り逃がすといった経験は、あるかと思います。曹操が典型的なんですが(笑)今回のかてなちおは、曹操の犯した大失態とは?そこから見えてくる、生活の中でしてはいけない事とは?を、取り上げてみたいと思います。処世術とまでは、いきませんが、皆様の生活を”守る”のに、これ程、適した題材もないかと思えますので(笑)

三国志」の時代、表舞台で活躍した、英雄たちには1つの共通点があります。それは皆、後漢王朝末期におこった「黄巾の乱」の鎮圧に力を振るった人物やその子孫たち、なのです。曹操、袁紹、孫権、劉備、等々。この戦いのなかで、曹操だけが1人異彩を放っていました。それは、彼だけが黄巾賊を味方につけてしまったのです。

後漢末期、世も末といった感じで、度来る旱魃、水害に、その上、政治は腐敗を極め、度重なる重税によって民衆の生活は、疲弊の一途。政情不安の中「黄巾党」の掲げた「宗教」に縋り、勢いを増し、ついには朝廷をも倒す勢いがあったのです。この時、曹操だけが、人間、食べなれなければ「死ぬ」という当たり前の原則と、宗教の持つ”負”の側面に気付き、他の英雄と一味違った、覇道への道を踏み出します。

西暦192年、かれは青州にいた黄巾の大規模な残党と戦い、苦戦に苦戦を重ねて和議を結びます。その中身が、黄巾側は降伏して身の安全を確保するかわりに、黄巾軍30余万の軍隊から選ばれた精鋭が丸々、曹操の配下に入るというものでした。

後の話ですが、曹操が敵側を破った際、衆目の前で、敵側の「手紙」を一切見ず、全て焼き払っています。不安定な時代なので、中には敵側と通じている部下も、多々いたのです。そういった人々の不安を取り払い、自分の下にくれば、全て一からという、公正な行いです。彼の度量の大きさを感じる話です。

曹操が戦略の礎とし、自ら注釈も施した「」には、こんな1節があります。

必ず全きを以って天下に争う(相手を傷めつけず、無傷のまま味方にひきいれて、天下に覇をとなえる)謀攻篇

当時、主要な英雄たちの多くは『孫子』を愛読していましたが、曹操だけがこの理論をきちんと現実に活かしてみせたのです。敵と見れば叩き潰すことしか考えない他の武将たちに比べ、敵だったものを味方につけた曹操は、大きく勢力を拡大することに成功します。

そして辺境にいる兵士を閑散期に「農民」とする「屯田兵」を世界で始めて採用し「食と軍」という覇権を争うに、不可欠な両輪を手にれます。因みに、食の保障とった「後方支援」の概念を史上初に唱えたのは「孫子の兵法」で有名な「孫子」です。一読をお勧めします。

人が見てるのに観得ない事柄に気付き、実践に移す曹操に隙がないかと思えますが、思わぬ落とし穴が待っています。それは曹操の「曹操の情の深さ」です。彼は中国史上に名を残せる程の「」の名人。

当代一に近い、教養の持ち主でもあったのです。「情」の一面をそういった形で現し残しています。三国志のその他の英雄とは、明らかに一線を画す理由が、こうった所にあるように、思えます。で、情の怖さ・・・

曹操には「曹嵩」という父がいて、徐州(今の山東半島の付け根部分)という所で戦乱を避けていたのですが、194年に、徐州の長官だった「陶謙」の手の者に惨殺されてしまいます。怒り狂った曹操は、父の仇をとるべく徐州に攻め込み、陶謙軍を打ち破っていくのですが、このときに起したのが「徐州の大虐殺」です。

軍隊の通る道すがら無関係な住民を虐殺し、死体の山を築き続ける「屍山血河」とは、まさにこの事。怒りに目がくらんでの所業ですがが、これが後々、曹操の覇業を阻む最大の要因になっていきます・・・今日でもそうですが、虐殺とは人だけでなく、家屋、土地をも破壊します。

その結果、大量の「」を産むはめになります。「バタフライ・エフェクト」ではありませんが、これが後に思わぬ結果となって返ってきます。

その影響は、三国時代の人物で徐州出身者を挙げてみればすぐに分かり、張昭、厳�弌∀ソ諭⊇弇諤滇△修靴峠弇詢次⊇弇觜μ世任后H爐蕕呂海虜櫃貌遒愾ǂ辰討い辰燭噺ǂ蕕譟ヿ紊忙姐馘の€覆気鵑瓦唎討い蠅帖砲領丨譴鮑遒蠑紊欧芯ニ椰傭◀箸覆蠅泙后�

おそらく、この時、少年だった彼等の体験、見聞が、無関係な住民まで虐殺する曹操に天下をとらせるわけにはいかない、と考えたのではないでしょうか?

人には様々な側面があります。特に、天下を握るや社会の上部に立つ人は、性格を含め、人物としての「陰影」が濃く現れます。詩を愛し、教養人でもあり、世の安定に向かって、食の保障を図り、過去を問わない度量があっても、どの側面を他者が観ていたか?は、別の話です。

後々、覇権まで後一歩という所で、頓挫した、最大の要因が過去の、たった一度の感情の爆発が、原因だったとは、皮肉といってこれ程の事はないでしょう。

人は感情の生き物です。中々、超越できるものではありません。そして、人物として愛すべき側面と言えるでしょう。しかし、どの場所で、どんな形でそれを、爆発させるか?場合によっては「運命」まで、決まる事もまま、あります。我々も気を付けたいですね。私、個人は心配していません。陰影が出来る程、人物としての魅力もなければ、頭もないし、情も、こういう人物とは対照的な私は薄いのでしょう。一般人で良かったのでしょうね(笑)

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