かてなちお ― 「まもる」をテーマに生活情報から防犯情報まで紹介します。

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皆様、ご機嫌如何ですか?閂屋の北野邦彦です。どの国の言葉にも「挨拶」があります。なんでも「さよなら」は一番、美しい響きの別れの言葉とか?さよならがあれば「こんにちは」があります。「シャローム」という挨拶をご存知でしょうか?

意味は「平和」で、こんにちは、の代わりに使っている国があります。「エルサレム」は「平和都」という意味で、
現在、この状態から最も遠い「イスラエル国」の首都で「ヘブライ語」です。ほぼ同じ意味の「平安京」の時代は、治安の悪さでは、歴代二位に入るでしょう。皮肉なものですね・・・

現在、イスラエルでは「ガザ地区」に対して無差別攻撃が行われています。一般的にその理由を「宗教」に求めがちです。日本人にとって、宗教を巡って血で血を洗う争いなど、理解出来ない事柄だと思います。本当の原因となったのは、20世紀に入ってから起った出来事です。

今回のかてなちおは、何故、彼等があれ程、苛烈に争うのか?を扱ってみたいと思います。日本人の意識で最も遠方に当たる国ですから、あまりご存知ないと思えます。久しぶりに「歴史」の話をしながら、どの時点から彼等が捻じ曲がった関係で互いを見るはめになったかを、語ってみたいと思います。

彼らの原点に「聖書」があります。最初に抑えて頂きたいのが聖書の記述です。世界には大別して3種類の民族に分ける事が出来ます。聖書によれば人類の始祖「ノア」の三人の息子「ヤペテ・セム・ハム」の兄弟がいたとされます。

コーカソイド(白色)・モンゴロイド(黄色)・ニグロイド(黒色)」 

とそれぞれの始祖とされています。日本人には理解しがたいでしょうが、これが、事実と思われているとご理解下さい。もっとも、先端の考古学、遺伝子情報では、これらが事実ではないかと、証明されつつありますが・・・

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イスラム人とユダヤ人は昔は仲良く暮らしていた」と、聞かれた事があるかと思いますが、実際にそうだったのです。紀元前1千8百年前後「アブラハム」という人物がいました。彼はユダヤ教・キリスト教・イスラム教を信じる、聖典の民の始祖と云われ、多くの部族を束ねる偉大な長でした。

ユダヤ人
アブラハムの直接の子孫に当たります。アブラハムにはイサクという息子がいて、イサクの息子ヤコブは後にイスラエル(神に勝つ者)と名乗り、ここにイスラエル人が誕生します。それ以前はヘブライ人(柵外の人)と呼ばれていました。イスラエルには12人の息子がいました。「失われた10支部族」は世界史最大の謎とされ、紀元前8世紀辺りから痕跡を絶っています。残った2部族の内「ユダ族」が今日のユダヤ人の祖先になっています。

イスラム人
アブラハムの妾、ハガルはイシュマエルを出産しました。彼から12人の息子が産まれ「イスラム人」の祖先とされています。

つまり、関係は「従兄弟」なのです。彼らが信仰する「」は本来は同じで、宗教を理由に争う理由はありません。後のイスラム国家がユダヤ人を手厚く保護していた事実からも、お分かり頂けると思います。ちょっと事情が違うのは「パレスチナ」と呼ばれる地域です。こちらも、歴史を追ってみると・・・


ガザには「ペリシテ人」がアブラハム在命の時から定着していました。彼らのルーツはハムの子ミツライム(エジプト)の子であるカフトルの子孫とされ、高度な文明を築き繁栄しました。丘の上の都市、現在のエルサレムに都を築き、高度な武器で、武装していました。後の「ダビデとゴリアテ」の話で分かるように、当時のユダヤ人は精々、石投器といった放牧で使う道具を武器にするしか術がなく、現在と、丁度、真逆の関係。ユダヤ人が「ゲリラ」でした。

ガザ周辺を「カナン」と呼び、聖書によれば、神がイスラエル人に与えらた「約束の地」とされています。紀元前1千2百年前後、モーゼに率いられたイスラエル人はエジプトから北上、カナンの地を目指します。モーゼの意思を継いだ預言者ヨシュアは、ヨルダン川を渡ってエリコを攻め、約束の地を取り戻します。この時、ペリシテ人は「契約の箱/アーク」を目の当たりにし、当地にしがみ付く事を諦めたと云われています。「記紀」の国譲り「神武と長脛彦」の関係に似ていますね。

その後、2百年間は聖書の「土師記/サムソンとデリラ」に代表されるように、一進一退の攻防が続きます。この状況を打破すべく、イスラエル人は「」を起てる事にします。意外に思われるかも知れませんが、彼等は王を起てた事がなかったのです。預言者サムエルは王を起てる事に反対します。理由は・・・

確かに、王を起てれば強力な軍隊を築き、国を築けるでしょう。しかし、皆さんの子息が戦争に行き、死ぬ事も、税を獲られる事にもなります

国家としての代償を的確に語りますが、流浪を嫌ったイスラエル人により、ダビデが起ち、エルサレムに入城。イスラエルを建国します。こうして立場が逆転しますが、現在のような迫害が行われたわけでもなく、商売等々を通じて共に同じ土地で、ごく普通に暮らしていました。

その後、聖書によればダビデの息子「ソロモン王」の背教から神の祝福を失った、イスラエル人は教義の解釈から二国に分裂。北の「北イスラエル王国」はアッシリアによって紀元前8百年頃、滅亡。

南の「南ユダ王国」は紀元前6世紀、新バビロニアにより有名な「バビロン捕囚」により一度、滅亡しています。この間、ガザはエジプトの植民市となっており、そこにペリシテ人は暮らしていました。

その後、新バビロニアを滅ぼした「アケメネス朝ペルシャ」によってユダヤ人は解放され、故郷、カナンの地に戻り、以前のようにペリシテ人と暮らしながら、アレキサンダー大王、ローマ帝国といった、歴史を彩った数々の支配者が交代する中西暦0年、イエス・キリストの誕生を迎えます・・・

ここから現代まで2千年ほどあり、今日の混乱を招いた原因もこの間の出来事にあります。とても、長くなりますので続きは次回のかてなちおで紹介させて、頂きます。そして、次回の話は現在のユダヤ人の多くは知らない話です。真摯に歴史に向き合ってくれれば、解決するように思えますが、知れば、知る程、遠のくのが現状です。

一度、嘘をつくと、それを覆い隠すために、二つの嘘が必要なのと同じで「欺瞞」となります。次回は世界史最大の嘘であるユダヤ問題に触れる事になると思います。嘘はつきたくないですね~

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