かてなちお ― 「まもる」をテーマに生活情報から防犯情報まで紹介します。

Top > イタコから見えてくる日本・・・①


皆様、ご機嫌如何ですか?閂屋の北野邦彦です。日本三大霊場の1つ、青森県の恐山で毎年催される「恐山大祭」と「恐山秋詣り」。この催し最大の見せ場が、イタコによる「仏降ろし(巫女おろし/口寄せ)」です。



その習俗(習慣・風俗)が国の選択無形民俗文化財にも指定されているイタコは、仏降ろしによって死者を自らの体に乗り移らせ、彼らに語らせることができるとされています。皆様も、呼び出してみたい人、いると思います(笑)



今回は「もし彼女たちに歴史上の人物を1人だけ呼び出してもらえるなら、あなたは誰を呼び出してみたいですかのアンケートから今の日本人に”なに”が必要とされているかが、浮き彫りになると思います。そして、過去を知る事で、これから起こる未来を知る事にもなります。知らなければ生活を「守れ」ません(笑)





今回はそういった趣旨で、「前・後」に分けて書きたいと思います。結果を見る前に、予想してみてくださいね(笑)




■ イタコに呼び出してほしい人物TOP5は?

1 織田信長



2 坂本竜馬



3 聖徳太子



4 卑弥呼



5 マリー・アントワネット



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以下、6位から10位にかけては「ナポレオン」など、波乱に富んだ人生を送ったことで知られる人物「ジョン・F・ケネディ」や「ツタンカーメン」など死の真相について諸説がささやかれている海外の有名人が並びました。やはり「死の真相」が謎とされている偉人が選ばれる傾向にあるようですね。アントワネットはご愛嬌でしょうか?(笑)



邪馬台国」は何処にあったか?は日本史の謎でして、興味は連綿と続いています。「」と「日本」について触れたいのですが、別の機会に☆





魏志倭人伝」は「三国志」で有名な中国三国時代の「」の国が記した正確な「風俗記」です。他、諸葛孔明で有名な「」、孫氏の「」と三国鼎立の最後の時期であり、倭人伝は当時の日本人は階級によって異なった「刺青」をし「」はいない、返事の代りに一回「拍手」を打つ等、記されています。



卑弥呼などはヤクザも恐れる全身刺青だった事でしょう(笑)刺青は、呪術的意味合いが強く、多くの部族で見られた風習ですが、環太平洋地帯の民族(サモア/マオリ等)と沖縄、アイヌの刺青や風俗、宗教が酷似しているので、なにがしかの”つながり”があったと想像されます。



黒潮」にのればユカタン半島(メキシコ)まで一巡りできます。因みに、環太平洋中に「モアイ」で有名な「イースター島」もあります。



対外戦争を仕掛ける際、正確な「地図」の作成は必要不可欠な技術です。世界規模の侵略を行っていた中国がいい加減な地図を作成したいたとは、とても思えません。





故に当時の日本の「位置」が現代とは違っていたのではないでしょうか?「指南車」という当時の磁石。常に「」を指すように造られていました。倭人伝にも「倭」は「呉」の東にあると記載されていて現在とは違います。ここにヒントがあるようですが・・・「天照大神」とのつながりなど日本人の関心をひく人物である事は間違いないでしょう。



1~3位は”非日本的”な「改革者」でくくれます。

1:独断専行のリーダータイプ



2:暗殺されている



3位の聖徳太子は「かてなちお」でも取り上げた事もあり、今日まで続く「和の精神」。太子の影響について触れました。日本人は「合議制」を大事にするため独断専行の「リーダー」を嫌うとも書きました。そう”仕向けた”のは太子自信でありますが・・



信長は「本能寺」で龍馬は「近江屋」で暗殺されたのは有名な話です。実は太子は急死していて、その死には謎の部分も多く暗殺されている可能性は極めて高いのです。理由は色々ありますが「殯(もがり)」の短さと「聖徳」の名前としておきます。詳しくは機会があれば☆



2位の坂本龍馬は、幕末時代の日本を代表する人物で、薩長連合の実現、大政奉還の成立などに尽力し、実業家として「亀山社中(後の海援隊)」を組織しました。日本で初めての新婚旅行と言われている妻・お龍との薩摩旅行や今なお実行犯が不明とされる暗殺事件など、真相を確かめてみたいエピソードには事欠きません。



小説やドラマの印象があまりにも強く、実像とはかけ離れているのではないかと語る歴史家も少なくないそうです。 いかんぜよ、いかんぜよ(笑)



1位の織田信長は、暦寺焼き討ちや長篠の戦い、当時としては革新的だった楽市楽座・検地・兵農分離など、戦国武将の中では最もその行動・足跡がよく知られているだけに「あの出来事の時はなぜこう判断したのだろう?」と気になる人が多かったようです。



日本外”の英雄、偉人は全ての信長型です。戦国時代、日本を訪れていたポルトガル人宣教師「ルイス・フロイス」は信長の事を「善き理性と明晰な頭脳の持ち主」と評価しています。。



信長が残した数々の「常識」によって日本は「平和」が保たれると共に、諸外国の問題も分からなくなったという歴史の流れがあります。この「流れ」も書きたいのですが、いつの機会かに☆



信長、龍馬、太子の活躍した時代は混乱期であり、だからこそこうした「英雄」が現れる素地があったといえます。「大河ドラマ」も太子を除けば、ほぼこの時代を取り上げていますし、それ以外は人気が出ません(笑)「」を貴ときとする日本は諸外国に比べ、信じられないくらい「平和」の時期が長く、戦国・幕末は”非日本的”な時代なのです。



戦国時代、お百姓さんが田畑に行くのに刀で”武装”していたといいます。現代、日本で”仕事場”に行くのに銃で武装を携帯するのと同じです(笑)





無いものねだり」という言葉があります。「平和」ゆえに、騒乱に憧れるという、ナンとも贅沢な願望が反映されています(笑)ただ、笑ってばかりもいられません。現代の日本も歴史的に見れば”騒乱期”に突入しています。戦国時代の幕開けとなった「応仁の乱」時の日本と酷似します。



だからこそ、信長や龍馬に答えを求めているといえます。何故、そういいきれるのか?次回、皆様にもう少し、知って頂きたい現代にも続く歴史の流れについて、語りたいと思います。



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