かてなちお ― 「まもる」をテーマに生活情報から防犯情報まで紹介します。

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様、ご機嫌如何ですか?閂屋の北野邦彦です。前回は、新しい情報配信のかたち、ハード(機器)について語りました。ライフ・スタイル(生活様式)という言葉があります。数年前ですが、シャープから液晶テレビアクオスが発売された時、CMキャラクターの吉永小百合さんが「家族で揃ってリビングでTVを」といった”風景”の提案をキャッチフレーズにしていました。


つまり、家族”そろって”TVを観るという風景が無くなってきたからこその”提案”といえます。このキャッチフレーズが「現代」を雄弁に語っているように、感じました。新進の情報機器が、社会形態を「家族」から「個人」へと加速度をつけて変化させているようです。



個人の私生活に関する事柄(私事)、およびそれが他から隠されており干渉されない状態を要求する権利を「プライバシー」といいますが、こうした「権利」を主張できるのは、成熟された社会だけです。昔の家には「供部屋」なんて個室はありませんでしたから(笑)



かてなちお」は「守る」を基本としています。時折、あまりに「便利」な事は損失を招くと語っていますが「」にはこうした要素が多々あります。



と、前回の終わりで指摘させて頂ました。上の例でいえば、TV番組を家族で観る事で「会話」がなされます。お父さんの時はこうだったとか、こういうのは良い事だ、これは良くないといった家長の倫理基準と考え方である「家風」が、何がしか家族に伝わりますし、子供はそれを学ぶ機会だったわけです。「会話」がある事で「聴く・話す」という姿勢も自然に育つものです。



若年層の「コミュニケーション(意思疎通)不足」という言葉がよく聞かれます。吉永さんではありませんが、リビングの”風景”の変化と共に、聞かれる言葉になったように思えます。こうした事柄を含めて、前回の続きソフト(情報)について語りたいと思います。




野村総合研究所の07年9月の調査で、TVを生で見る時間、録画番組を見る時間が1年前と比べて「減った」と答えた人の割合が「増えた」と答えた人の割合を上回ったという結果が出ています。、対象の10代~50代までの各世代に共通し、こうなった理由は「視聴者が見たい番組を厳しく”絞り込んでいる”のが一因だ」とし、今後「個人に望まれるソフトの開発」が課題と結論づけています。



一昔前は「単一・大量生産」が経済の主役でした。しかし、成熟した社会ではより「個性的なモノ」に注目が集まります。「」との違いに自己主張を求めるからでしょう。「多種・少量生産」が現代経済の主役となってきています。私は「規格品」として生産されている以上、結局は同じに思えるのですが、そう感じさせない魅力が商品にはある!のでしょうね(??)とはいえ「個人に望まれるモノ」が主役です。



お茶の間でテレビ」の時代、チャンネルを選択するのは親の特権でした(笑)ハード(機器)の普及につれてより”個人の趣味”が楽しめるようになります。例えば、私が子供の頃、レコードプレイヤーを持っている人はままいましたが、ステレオコンポとなると限られていました。





時代が進むと共に、ハードが買いやすい値段となり普及しました。ソフトであるレコードのミリオンセラー。一万枚売ったという実勢ですね。昔は本当に偉業だったんです!今ではそう珍しくなくなったのは、歌唱力のある歌い手が増えたのではなく”演奏”する機器が増えたからです(笑)



桃園の誓い(とうえんのちかい)。桃園結義(とうえんけつぎ)とも称され、『三国志演義』の序盤に登場する劉備・関羽・張飛の3人が、宴会にて義兄弟(長兄・劉備、次兄・関羽、弟・張飛)となる誓いを結び、生死を共にする宣言を行ったという逸話のことです。昔の商売人の家にはこの風景画があったそうです。「誓い」を破ってはならない=信用を失ってはならないの象徴としていたそうです。



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三国志は「後漢(西暦25~220)」の中国が舞台です。社会は発展していましたが、道徳的退廃、政情不安、貧富の差が激しく混迷を極めていました。桃園の誓いが象徴的なのですが、誓いを交し合ったのは「」ではなく「価値観の近い他人=友人」となっています。時代に関係なく社会が発展すれば、するほど、家族より友人、「」に生活様式が移行するようです。



趣味・趣向のあった仲間。例えば、サーフィン仲間といった「サークル(輪)」特に「ネット世界」の「サイト」などが拍車をかけています。より「個々」へと、結びつきが強化される社会形態に移行していきます。



人」はなにがしかの「帰属意識」によって身体の安定を得る生き物です。平たくいえば「宗教(むねとする教え)」。本当に「個性的」な人は社会と融和しつつ「個」を維持するのですが、帰属意識に重きをおく生活では”そこ”から離れた生活に不安を覚えるようです。



特に日本人は、以前お話した「」に敏感なので、離れた生活に”恐怖”すら抱く人達もいます。放送禁止用語になってますが「村八分」というやつでして、かなり古くから「輪」から離れた生活に危機感を覚えてしまいがちです。ここまでくれば「問題」です。



学校で行われている「ネットいじめ」等の言葉を聞かれた事があるかと思うのですが、こうしたイジメはより陰湿に、クラスを超えて全校といった広い範囲に拡大します。携帯電話のメールはいつでも何処でも"うつ"事ができます。「常に」彼等は、ネットと繋がった状態にあり、瞬時に打ってきたメールに返信しないと仲間外れになる。仲間外れになると自分がイジメの対象になるという恐怖から”食事中”であってもメールを打つという秩序も倫理もない生活となっています。



こうした事は彼等だけの問題ではなく家族、親の問題でしょう。どう考えたって、学生が食事中にメールして注意もしないというの誤りです。子供を狙った犯罪が増えている昨今、心配からお子様に携帯を持たすのは仕方ないと思います。ただし、しっかりと””を示してあげないと子供は簡単に暴走します。



技術の発展によってハードが進歩。個人に見合ったソフトの配信。人類が求める自由と平和に貢献するものです。素晴らしいと思っています。それと同時に「人」も進歩せねばなりません。進歩の前に原点回帰。「家族」という「ハード」を見つめなおして「家風」というソフトの育成。これが正しい「路」を示す事になると思います。生活を「守る」原点は家族なのですから。



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