かてなちお ― 「まもる」をテーマに生活情報から防犯情報まで紹介します。

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皆様、ご機嫌如何ですか?
閂屋の北野邦彦です。今回は、色を変えて「スポーツ」ネタを☆

どれにするか、結構迷ったのですが(笑)
私が一番愛するスポーツ、サッカー。「守る」を語るにこれほど、相応しいスポーツもないのでは?と思っていす。南アフリカ杯、アジア三次予選、日本対タイの試合を通じて触れたいと思います。

japanvsthailand.jpg

先のドイツ杯の惨憺たる結果から、いささか学習した日本サッカー協会は、監督経験を選考基準にジェフ千葉を一流チームに押し上げた、イビチャ・オシム氏に白羽の矢を託して二年。百戦錬磨の経験と「世界」を知る氏によって着々と土台を造り上げ”これから”という矢先・・・

不慮の病により、予選開始二ヶ月前に監督交代という非常事態が発生しました。日本サッカー協会が選出したのは岡田武氏。フランス杯の折も加茂周氏の成績不振により急遽、選出されました。突然の監督就任という事態が似通っています。日本サッカー協会の利権構造と癒着”世界に勝つ”より”金儲け”を重視している幹部連中について語りたいのですが、またいつか・・・

スタイル」という言葉がありますが、辞書によると

英語:Styleは、日本語では文体、様式、型、種類、流行、品位、芸風などの意味を持つ。

とあります。人に使う場合でも、いい意味で他人とは一味違う人を指して使いますし、スポーツではより、色濃く「違い」を指した言葉として使われています。南米スタイルやイタリアスタイル(=カテナチオ)、スモールベースボールといった具合に・・・

欧州・南米に比べ、まだまだ歴史の浅い日本では、世界に通用する日本独特のスタイル確立が求められています。この辺は野球や柔道と比べて頂けたら容易に理解出来るのではないでしょうか?柔道、華道、茶道はいうまでもなく野球道という言葉もあります。歴史と伝統があり、それを”守って”いく事が強化に繋がる物事を日本人は「」と名付けます。

サッカー道、蹴道といった言葉が産まれて(?)いません。

これは、いかに世界に通用して"いない"という、現状を物語っています。
オシム氏ならスタイル確立にかなり近くまで、辿り着けたであろう監督でしたが岡田監督は?岡田氏は二年後の南アフリカ杯の折は「世界を驚かす」と語っています。

考えて走る」前任者から引き継がれている概念です。確かに、東洋人は持久力に優れていますから、走力で全体をかく乱しつつ、守り攻めるには適しています。では”考える”はどうでしょう?

我々も新しい人々と”仕事”をする際「すりあわせ=意識統一」には結構時間が掛かり一朝一夕とはなりません。個人の考えが組織として有機的に機能するには”考え”のすりあわせが必要不可欠ですから、現日本代表がチグハグするのは、致し方ないと思えます。

ただし、彼等は全サッカー選手の”プロ”を集めているのであり”プロフェッショナル”といえる人々であり、より短期間で機能しなければ”代表”足り得ないと思っています。
”考え”に縛られるのではなく、ここまで個々が培った考えに基づいた”感覚”で”会話”すべきではないでしょうか?

今回の日本対タイ戦でも、空いたスペースに誰もいないため、やむ得ずバックパスし好機を逃す場面が多々あり、そこを狙われて危機に陥ってました。守りの基本が不味すぎます(笑)
反面、組織的に意図的に相手がボールを持った際、数人でタッチライン際に追い込むという戦術は徹底していて、明るい材料でした。次は、奪って縦に相手デフェンダー裏に正確なパスを通すか、がら空きの反対サイドに正確なサイドチェンジと意図を感じて走り込み、突破のドリブルが必要になってきますが・・・加持ではなく内田ってのは分からなくはないです。

誤解なくいえば”考える前”に走る必要があるのです。つまり「予測」。防犯でも仕事でも予測というのは「想像」からしか産まれませんよね?逆に攻められえている時は相手がどのポイントを狙ってくるのかを判断しポジションをづらしても、動く必要がある訳です。判断は”考え”てからでは遅いのです(笑)上記理由から、私的な意見ですが「考えて走る」の考えて、は随分と子供っぽい理屈だと思っています。それを声高く見出しに使っているマスコミや世論を思うと、唸っていまうのですが・・・ワールドベースボールや柔道ならこうは言わないでしょう?(笑)

サッカーで云えば「ドーハの悲劇」の様な国民の共通認識となるような苦難を重ね、刻を積む事によって、歴史を重ねて強化されます。
アルゼンチンやドイツが予選敗退し、世論は「感動をありがとう」とはいいません(笑)
日本がオリンピック柔道でメダルを取らなかったら同じ対応をするのではないでしょうか?アルゼンチンやドイツと同じ対応となるでしょう。日本サッカーに対する目がこうなった時初めて「強国」たりえるでしょう。

D,マラドーナは日本についてこう語っています。

  maradona.jpg

日本人11人が中田(ヒデ)みたいになったら、僕達はもう”オシマい”だよ。
良かったな~日本人がサッカー以外の事に従事していてくれて

つまりは、サボらない勤勉なサッカーに”どこ”で何を”すべきか”をチームとして”知った”ら太刀打ち出来ないと看破しています。方向性は間違っていないわけです。後は「考え」を越えた「動き」が出てきた時、守るべき伝統が出来上がりスタイルの確立となるでしょう。

その為には、社会の熟成、自分の目で観、情報を吟味し咀嚼、判断出来る個々が社会として形成された刻となるでしょうね・・・時間かかりそうです(笑)

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